コルクラボ

じぶんのことばに責任を持つというのは、なかなかできるようでできない。状況が変われば考え方が変わることもあるし、言うことも変わる。じぶんが過去言ったことと今言っていることが少しずつ変わってきていることがある(根本はブレていない)。でも周りが変化したことを知っているとは限らない。

儀式と忘れていた気持ち

ラジオ体操は、小学校の夏休みに朝6時半に近所の公園でやって以来だ。 あるいて10分くらいの公園、近所の同級生に兄弟で一緒にいるところを夏休みで会うのは、少し恥ずか…

noteさんに追い込まれるはなし

5月はnoteに始まりnoteに終わる1ヶ月だった。 昨年にnoteを初めて、文章書けるようになりたい!毎週なんか書くぞ!と言いながら結局書いたり書かなかったりが続いていた…

色マスクが気にならなくなった。毎日みんなマスクをするようになって、白、黒、ピンク、布柄のマスクを頻繁に目にするようになった。はじめて黒マスクを付けている人を見た時、なんだ!?、と違和感があった。アバンギャルド。でも今はこうやって異質と思っていたものが受け入れられていくんだと実感。

なんでnote書いてるんだろう -「書くこと」について考える-

文章を書くのは苦手だ。 noteを褒めてもらうこともあったが、さすがにおっぱいの話ひとつ書くのに何時間も、何日もかけて、なんなら何回も何回も読み返して、1週間後でも…

クリエイターの作品に触れるときの個人的なたのしみ方。つくり途中の状態に触れるとき、テンションがあがる。何度もテイクを重ねてOKになったものが最終的には世に出るから、最初のテイク1とは全然違ったものになっている。展示会で公開される制作資料も、前後でどう変わったか見るのはおもしろい。